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RanQはGoogleをディスラプトするよ絶対に

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弊社では、RanQというまさにこのサービスを運営しているのだが、自分の中の頭の整理を兼ねて、なぜRanQをやっているのか、そして何を思い描いているのかということを記してみたいと思う。

書くべき内容を順を追って書いていたらいつの間にか2万字に達してしまっていた。普通の人の1分に読める文字数は400~600字と言われているから、長ければ読み終わるのに50分かかることになる。速い人で1000字/分とのことだがそれでも20分という時間を要する。

もちろん、たったの2万字で自分自身の分身のようなサービスに対する考えを語り切ることはできないのだけど、必要不可欠なところを拾っていたらいつのまにかそのくらいの分量になってしまった。ただ、嘘偽りなく毎日サービスのことを考えている中で、何度も何度も『あーでもないこうでもない』と試行錯誤しながら導き出した構想だ。それなりの価値はあるんじゃないかと思っている。

 

もし、今スタートアップに興味があったり、起業を志している人がいればぜひ読んで欲しい。この世界の中で全力で戦いそして足掻いている人間が何を考えどの視点で生きているかの参考にはなるんじゃないかと思っている。

自分自身、『パクられたらどうしよう』という感覚は一切存在しないので、これが自分がこのサービスに対して考えていることの全てを要約したものだ。

1 そうだ、Googleをディスラプトしよう

私がRanQのサービスに至ったきっかけは『情報というものをもっとうまく活用できないか』と思ったところからだった。

我々が生きている中で当然多くの情報に触れるし、情報化社会とかIT革命とかそんな名前がつくようなこの時代に、情報というものの価値そして役割はものすごく大きい。ならば、もっと情報を最適化することができないか、世界中の人々がもっと情報に効率的に触れることができないかと考えていた。

 

そこで出た一つの結論が、『情報を受動的に得られるようにする』ということだった。

インターネットにおける情報というものの概念は、能動的に得たものを指していることがほとんどだ。『アプリを開く』とか『リンクをクリックする』とかそういった行為によって自分が見たいと思ったものをユーザーは見ている。これは、顕在的なニーズつまり『この情報が知りたい、このページが見たい』という意識に対して情報をスマホなりPCなりが表示していることになる。

ということは、裏返せば自分の意識していない情報は出てこない。本当は自分は明日海に行くから天気を調べなければいけなくてもそれをそもそも忘れていた(意識していなかった)ら、当然その情報に行き着くことはないし、『これがみたいなー』とイメージしない限り、その情報に行き着くことはない。

 

シェフが『あなたにオススメの料理はこれです』と、自分の期待もしていなかったような素晴らしい一品を出してくれるように、自分が意識すらしていない必要な情報、そして見たい情報を提供する仕組みがあればいいのに。

もっと言えば、人間の脳みそには限界があるのだから、個々人が自分の意思で決めるよりも、コンピュータが勝手に自分にとって必要なものを出してくれればいい。これからの世の中は『受動的に意識していないことも受け取ることができる』世の中になるのだと感じた。

 

それを具体的に形にしたのがRanQである。

今は人間は情報を能動的に、つまり検索するなどして探しているが、これが将来的には受動的、つまりその人の欲しい情報を自動で配信してくれるような仕組みになるのではないかと考えた。

Google(情報)からリクナビ(求人)、食べログ(飲食店)など多岐にわたって人間は広い意味での検索をする。
これが、求人の場合はあらゆる条件(勤務地、業種、年収、残業の有無)をチェックボックスなどで指定をした上で検索ないしは一覧表示をする形になっているわけであるが、当然ながらこれがベストな形だとは思わない。

自分でいちいち細かい条件なんかしなくたってAIが自分自身の好みやスキル、向き不向きを学習してくれてその上でベストなものを示してくれる方がずっと楽だし正確だ。その場合、細かい条件指定でも補えないような職場の雰囲気、会社の成長度なども考慮して自分にとってベストな選択ができるだろう。人間が選ぶ、探すという行為そのものには限界がある。どんなに優れた人間でも1万件の求人を見ることは何日もかかる。しかし、コンピュータならばそれが数秒かもしれない。

 

検索するよりもはるかに先に、つまり自分が検索するであろう、知りたいであろう(もしくは知りたいと思うきっかけすらないけど有意義な)ことを勝手にコンピュータが分析してユーザーに提供してくれる、情報を配信してくれるサービスがあるならば、Googleがいらなくすらなると感じた。

能動的な情報へのアプローチを遥かに凌駕するのが、受動的な情報へのアプローチだと確信した。

2 潜在的なニーズに対してアプローチする

顕在的な意識に対して情報を提供する、ニーズを満たすということはそう難しくない。なぜなら『調べれば出てくる』からだ。

これからの世の中で重要になるのは、遥かに早く、そして簡単に望む情報に触れることのできるような仕組み。つまり、潜在的な意識およびはニーズに対してアプローチすることだ。

 

例えば、一般的にテレビCMなどの広告は一度見られて認知されるだけでは意味がなく、常に定期的に目に留まることで徐々に購買につながるとされている。これは、人間の意思決定において、情報がある程度の回数目に留まることで顕在化する可能性を示唆している。

『この商品いいよ』とあなたが友達に言われたとして、その商品を購入する可能性はそうない。しかし、それが他の数人の人が同じように『この商品いいよ』と言っていたら、『そこまでいい商品なら一回くらい買ってみようかな』と思うかもしれない。

購買などの意思決定において、その商品などの情報に触れることは0か1かで判断することはできず、0(無関心)から100(欲しくて仕方ない)までの間に位置し、それがある域値(70とか0と100の間のどこか)を超えた時に、『買おう』とか『あのお店行ってみよう』といった判断に至る可能性が高い。

 

ということは、購買だけでなく、検索などの行為についても同様のことが言えるのではないだろうか。もしあなたが『ディープラーニング』という単語の意味を知りたくて、検索をしたとする。この場合、当然ながら人生の中で一回はディープラーニングという単語を目にしていないとそもそも単語が思いつかないし、どこかで単語を目にしたからそのことを知りたいという欲求が生まれたわけである。(上の例をとるならば、70を超えたからあなたは検索をしようと思い立ったのである。)

潜在的な欲求(なんかディープラーニングって言葉よく聞くな)がどこかで顕在的な欲求(ディープラーニングってなんなのか知りたい)になったということになるが、ここには規則性があるはずだ。人間の脳はシナプスを電気信号が流れ、ニューロンを伝っていき、発火するという過程を経て、『よし調べよう』とか、『食べよう』とかそういった決断を行う。行動を行うかどうかを常に電気信号が流れることで脳が決断していることになる。

 

何が言いたいかというと、潜在的な欲求が顕在的な欲求に昇華する瞬間をユーザーの行動を学習したアルゴリズムで高い精度で特定することができれば、ユーザーが検索をしようとか購入しようとか思ったその瞬間、その直前に適切なコンテンツを配信することができる。

それは、ユーザーの望むものを常に提供することができることに他ならない。

 

広告など消費者に商品を周知してもらうためには何回も見てもらう必要がある。これは、つまり欲求が顕在化するまでにはなんらかのステップを踏む必要があるということではないだろうか。裏返せば、そのステップを事前に把握することができれば、そのユーザーがいつ顕在的なニーズに昇華するかが分かる。そして、それはアルゴリズムによって予測可能だ。

3 世界一になるための手段は限られている

 

上記の表を見るとその時その時、時代におけるトップに位置する企業には規則性があることが分かる。

1900年には、鉄道、エネルギー

1985年には、コンピュータ、通信、銀行

2010年には、エネルギー、パーソナルコンピュータ、銀行

そして、今現在2017年は以下の通り。
パーソナルコンピュータ、ソフトウェア、エネルギーとなる。

その中で、企業の創業からの年数が少ないものを取り出すと、自ずと限られてくることが分かる。
1985年にはコンピュータ、2010年にはPC、2017年にはソフトウェアだ。

 

 

つまり、今から時価総額世界一の企業を作ろうと思ったら必ずジャンルは限られてくる。

2017年に上位を占めているソフトウェアというジャンルも上位に属するものはたったの3つに大別できる。
それが、『検索』『EC』『SNS』だ。

 

Googleの創業は1998年。それに対して、中国の百度は2000年。
amazonの創業は1994年。それに対して、アリババは1999年、楽天は1997年。
Facebookの創業は2004年。mixiのオープンは2004年。メッセンジャーではワッツアップが2009年、WeChatが2011年、LINEが2011年。

 

ややamazonが例外で少し早いという部分はあるものの、同じ業種でシェアを握っている企業、サービスのスタートは各国でほとんど同じタイミングである。

このことから分かるのは、市場が生まれるタイミングは(技術やスマホなどのハードといった要因によって)もともと決まっていて、そこで適切に立ち回った企業が時価総額トップレベルに上り詰めることができる、ということだ。そして、市場の大きさは各国で共通(GDPや人口などに順ずる)であるということだ。

 

市場の大きさはもともと決まっていると考えれば、
自分自身にできることはどの市場を選ぶか、そしてそこでシェアを取るために全力を尽くすことだ。

もちろん、FacebookはSNSの市場を押し広げただろうし、トップランナーの働き次第では市場の規模そのもののが変わる可能性がある。とはいえ、ザッカーバーグがグルメサイトをやっても、その市場が10倍になったりはしない。限界はある。

 

潜在的な市場の大きさ、これからどの市場が検索、EC、SNSになりうるかということを適切に判断しなければ世界一の企業を作ることはできない。
市場選択が上限を決めることになるため、そこで多くの企業は1位になる可能性がなくなる。

 

今の時代、ビッグマウスがもてはやされるような部分があって、『10兆円企業を作る』とか『時価総額1位の企業を作る』と言う若者は少なくない。
ただ、本気でそれを言っている人間は1人もいないのではないかと思う。

本気でそれだけの企業を作ろうと思ったらその可能性のある市場を選ばなければいけないはずだ、それがたとえ難しくても実現不可能に見えて仕方なくても、GoogleやAmazon、FacebookといったIT界の巨人と真っ向から立ち向かわなければいけないとしても。

ビッグマウスの裏で、強敵のいない市場を、ニッチをついた安全牌の市場を選ぶケースがほとんどだ。

世界一になろうと思ったら必要なのはビッグマウスではなく、目的に沿った正しい選択だ。たとえそれが困難なことであろうとリスクを負うことであろうと。

4 可能性があるのは『情報』『購買』『コミュニケーション』

この検索、EC、SNSはそれぞれ言い換えることができる。

『情報』『購買』『コミュニケーション』だ。
ユーザーが情報を知る、情報に触れる上でのプラットフォーム。
欲しいものを手に入れる、その購買を行うプラットフォーム。
友達や恋人、はたまた世界中の誰かとコミュニケーションを行うプラットフォーム。

 

このいずれかが現在の世界において大きなビジネスになっており、世界的な大きな影響を担っている。

 

情報を司るGoogleは、ユーザーがあらゆる情報に辿り着くためのハブであり、ユーザーがGoogleを経由して多くの情報を閲覧すればするほど(トラフィックを稼げば稼ぐほど)、その影響力は強く、Googleのさじ加減一つで企業の売り上げが大きく左右する。もちろん、その過程で多くの広告リンクをユーザーは踏むためGoogleに多くの収益が落ちる。

購買を牛耳るAmazonは、世界中の全ての商品を売ろうとしており、多くのユーザーがAmazonで買い物をする。Amazonが支配しているのは商品のデータベースだけでなく、流通だ。いち早く消費者の元へ商品を届けるような物流を構築しており(特に今は生鮮食品という次のステップがある)、買い物を効率化する。ユーザーが買い物をすればするほどAmazonの売り上げは伸びる。

コミュニケーションを取り持つFacebookは、ユーザーのあらゆる形でのコミュニケーションを可能にしており、些細な会話(ワッツアップ、Facebookメッセンジャー)からその日の体験の共有(Instagram)、そして自分自身の公式サイト(Facebook)に至るまで人間と人間の関わる場になっている。その場に滞在する時間が長いほど、そして自身を開示するほど広告の精度は上がる。

 

それぞれ3つの概念は、これだけの巨大な企業であることが頷けるほど我々の日常において大きな部分であり、当然ながらなくてはならないものだ。
時代によって世界トップに君臨する企業の業種は違うものの、こうした本質的な人類の行動は変わるとは思えない。当然、我々がこれから世界1位の企業を創る上でこのいずれかの市場を抑えることが必要になる。

 

その中でパラダイムシフトが起こりうるのが情報のジャンルだと私は考えた。

おそらく最も厳しいのは、購買だろう。Amazonの本質の部分は物流にあり、物理的なハードルがある以上、参入するのがはるかに難しい。規模の経済が働く箇所である以上、おそらくAmazonは今後20年はトップに立ち続けるのではないだろうか。

 

SNSについては、実はRanQの前に1つアイディアがあった。コミュニケーションの新しい形、というよりも世界に新しい空間を創るようなサービスであるのだが、Facebookは実名で、インターネット上の身分証明証のような存在になっている以上もはやインフラのような存在である。2004年に創業したFacebookについてマーク・ザッカーバーグは2006年の時点で『電気や水道に並ぶインフラである』と述べているが、まさにその通りである。
(VRなど仮想空間が生まれることでコミュニケーションの形が変化する可能性があり、そこでチャンスは生まれるということは述べておく。)

 

情報については前述の通りだ。検索といった能動的な情報へのアプローチから受動的なそれに変わる。そして、その瞬間はAIや機械学習などの技術が急速に進歩している今このタイミングだ。アルゴリズムの精度が高くなる今だからこそパラダイムシフトが起こる。

 

それこそが、検索エンジンのディスラプトだ。
これだけコンピュータの演算能力が高まった今だからこそそれが可能である。人間が能動的に情報を打ち込むよりも、それよりも早くどんな情報を求めているかを予測することができる。

5 今できることではなく、いつかできることに挑む

ユーザーへの情報をパーソナライズして『検索をする(能動的なニーズになる)』前に提供するということは、今の世の中でできていない。
だからこそ、今後できるかもしれないし、できないかもしれない。

 

おそらく、今ある多くのサービスというのは前例があるものだろう。すでに市場があったり、すでに類似サービスがあったり、日本のサービスであればアメリカですでにある程度うまくいっているケースが多い。

スタートアップにおいては、『クレイジーであれ』とか、『誰もが反対するようなプロダクトを作れ』と言うが、実情としてそれをする者、それを許容する者はだいぶ少ない。
Airbnbは他人の家に泊まるというアイディアを『クレイジーだ』と言われて投資を見送られている。『クレイジーであれ』と言うわりには本当にクレイジーなものが出てくると拒絶されるのだ。

起業やスタートアップと言うとリスクや不確実性を恐れず、人とは違う道を突き進むようなものだと思われているがそうではない。起業家だってリスクを恐れるし、人と違うことを恐れる。ほんの少し考え方が違うだけで、根本的な部分は多くの人間と一緒だ。

だからこそ、起業家も今どんなビジネスがトレンドなのかを気にするし、自分のビジネスが人に批判されると不安になる。VCしかり投資家だって、既存の枠から逸れたものや一般的な価値観から遠いものに対してはやはりあまり好感触を示さない。

むしろ、人間である以上どうしてもそういった保守的な部分が出てしまう、既存の枠組みで物事を考えるからこそ『クレイジーであれ』と言うのかもしれない。起業家として、スタートアップに関わるものとして、なんとかしてクレイジーであろうとしているのかもしれない。

 

間違いなく言えるのは、今まで世界を変えてきたビジネスはクレイジーだったということだ。
イノベーションが起こるというのは、既存の枠組みとは異なるもの、ルールが全く異なるものが生まれるということだ。それまでの常識に沿って生まれたものはイノベーションにはならない。

Googleが生まれるとき、多くの人はディレクトリサイトからページに飛んでいた。検索という機能はあくまでサイト内の一部だと思われていたし、もちろん今のこの世の中のように検索一つであらゆる情報を調べられるなど思われていなかった。(当然、検索エンジンの精度など全く高くなかった。)

Amazonが生まれたとき、インターネットのサイトにクレジットカードの番号を入力するなんてクレイジーだと思われていた。インターネットで買い物をしたら物が届かないのは当たり前だと思われていた。日本では、『日本人は慎重だから手にとったものしか信用しない』という風に言われていたものだ。

その他、あらゆるイノベーションについては言うまでもない。iPhoneはそもそもiPod Toutchとカニバる(市場を獲り合う)心配をされていたし、当初の目標であった携帯電話市場での1%のシェアは『あまりに無謀すぎる(そんなに売れるはずがない)』と笑われていた。(もちろん、その10倍以上のシェアをiPhoneは獲得している。)

 

スタートアップにとって理想は『クレイジーなことを成功させる』、つまり今現在の技術や感覚できそうにないけど、価値のあることをすることだ。
クレイジーなこととは頭がおかしいことや奇をてらったことではなくて、『できそうにないこと』つまり難しいこと、ないしは難しいと思われていて誰も挑戦したがらないようなことを指している。

GoogleもAmazonもiPhoneもそれぞれ『できる』と思っていた人はほとんどいないだろうし、もちろんそれに挑むものはいなかった。

 

スタートアップというのは、上の図のように『現実的に実現できそうなことかどうか』と『その課題ないしはニーズが認知されているかどうか』の2つの軸で考えることができる。

実現することはできそうだし、なおかつ課題が顕在化している(これを作れば売れると分かっている)ものはスタートアップの領域ではない。大企業が挑む領域だ。スタートアップは、『そんなこと解決できそうにない』ようなことか、『そんなこと誰も必要だと思っていない』ことにチャレンジする必要がある。

そのどちらも満たすiPhoneやAirbnb、Uberが分かりやすいスタートアップの例だ。技術的な問題でiPhoneはかなりギリギリの中で発表されたし、AirbnbやUberは人の家に泊まる、人の車に乗るなんてクレイジーだと思われていた。そして、iPhoneもAirbnbもUberもそんなに市場があるなんて思われていなかった(大きな課題だと思われていなかった)という部分である。

 

Facebookは技術的に困難なものではなかった。SNSは当時たくさんあったし、『SNSなんて儲からない』とされていた。つまり世界中の人々をつなげるということが大きな課題だと、意味のあることだとは思われていなかった。Snapchatは言うまでもない。ただのセクスティング(性的な写真を送り合う行為)の道具だと思われていた。

Googleやテスラは、それぞれ情報を整理すること、環境に優しい車を作ること、という意味では課題は認知されていた。しかし、その方法やアプローチは難しくて誰も挑まなかった。

 

スタートアップというのはできそうなことに挑むのではなく、できないけどもいつかできるようになることに挑む。
誰もが課題としている注目していることに挑むのではなく、誰ももはや課題だと思っていないニーズがあると思っていないけど、実はものすごく便利で意味のあることに挑む。

だからこそ、RanQは今できることではなく、いつか絶対にできるようになると信じているパーソナライズというものに挑んでいる。

6 これからはアルゴリズムの時代

RanQというサービスを私が選んだという贔屓目を除いても、これからがアルゴリズムの時代であることは間違いない。
すでにFacebookはニュースフィードがアルゴリズムで管理されている。YouTubeなどのオススメの動画、Amazonの『この商品を買った人にオススメの商品』もまたアルゴリズムによって導き出されている。我々が普段あまり意識しないだけでアルゴリズムによって最適化される部分はいくらでもある。

RanQは情報そのもの、コンテンツそのものをアルゴリズムによってユーザーに最適な形(今現在最も求めているもの)で提供するものであり、情報をアルゴリズムで管理するというのはこれからのアルゴリズム時代における最も基本的なものにはなるだろう。

 

世の中のあらゆる仕組みをアルゴリズムでコントロールできるようになってくる。
物流のような我々の見えない部分はすでにアルゴリズムによって、コンピュータの力によって人間ではできない処理が可能になっている。日頃通うコンビニの棚に並ぶ商品もアルゴリズムによって決定されている。

これからあらゆるものがアルゴリズムで統制されるようになるだろう。
もしかするとあなたの上司はアルゴリズムになって、今日はこの仕事をしてくださいといった指示はコンピュータが下すかもしれない。タクシーなどの分野で言えばUberならばドライバーがどこで乗客を拾うか、その行き先を決めるのはアルゴリズムだ。

 

すでに、AIがヒットする映画の特徴を学習して、最高の映画を作り上げるというような研究がなされている。人間の得意分野とされていた感性の部分でもアルゴリズムが全てを上回る可能性が出てきている。芸術やエンタメの分野においてすらアルゴリズムの時代が来るだろう。

我々のサービスいかんに限らずアルゴリズムが大きな意味を持ってくることは間違いない。

7 情報が最適化された時代に広告は存在すべきなのだろうか

当初、RanQは今のようなユーザーが投稿したコンテンツを表示する予定はなかった。
情報をパーソナライズして届けるのであるから、今で言うニュースアプリのように(RanQを構想している段階ではニュースアプリは存在していないか、もしくは一般的ではなかった)あらゆる世界中のコンテンツをクローリングしてユーザーに対してレコメンドしようと考えていた。そのとき、当然ながら自社でコンテンツを管理する必要はなく、リンク先に対して飛ばせばいいだけだ。(そういう意味では、パーソナライズはしていないものの、ホットエントリーでコンテンツを羅列するはてなブックマークはイメージとしては近い。)

 

ただ、当然ながらどんなサービスも売り上げを生み出さなければいけない。
今あるニュースアプリも、Googleといった検索エンジンも広告を入れることでビジネスとして成立している。

そうなれば、コンテンツをユーザーに対してパーソナライズしてレコメンドする形の中に、一定の割合や一定の位置に広告枠、つまり広告主のサイトへのリンクを配置することになる。こう考えるのは至極当然な話である。

 

ユーザーに最適なコンテンツを届けるのにそこに最適ではないコンテンツ(広告)が存在するのはおかしくないか?

今の世の中において、広告というのは必要悪的に存在する。
ユーザーは広告を見たいわけではないし、時には邪魔だ消えてくれと思っているが、ビジネスとして成立させるためには広告は必要である、ということだ。これ自体に異論があるわけではないし、広告がこの世になければ多くのメディアは成り立たないし、多くの便利なサービスを我々は利用することもできない。

 

ただ、常に最適なコンテンツを配信することが我々の使命だと考える以上、その中にユーザーにとって最適でないものが混じるのはベターであってもベストではないように思えた。

8 情報とは行動のためにある

そこで私が考えたのが『情報とは行動までを含めて価値を為す』ということだった。

例えば、『この夏までに3キロ落とす方法』を調べている、読んでいる人は、情報を手に入れるのが目的ではない。
痩せる方法が知りたいのではなく、痩せたいのだ
ドリルを手に入れたいのではなく、求めているのは穴であるということだ。

 

そもそも人はなぜコンテンツを見るのだろうか。

Googleで検索して、FacebookやTwitterでリンクをクリックして、ニュースアプリを開いて、
日々消費者はコンテンツを閲覧している。メディアというビジネスが大きな市場であることは間違いないし、Googleは非常に大きな広告シェアを握っている。コンテンツ自体に需要があるのは言うまでもないが、なぜ人はコンテンツを見るのだろう?

 

それは、2つに大別できるのではないかと考えている。

 

1つは、ニュースなどに代表される『世の中で起こっていることを知るため』だ。
ニュースがなぜ意味を持つか、その大きな理由が『みんなが興味を持っている/知っているテーマだから』だ。人間は社会的な生き物であり、多くの人と情報を共有したいし、話題についていけなくて置いてけぼりにされたくない。社会とつながるためにニュースだったり、女性高生だったら昨日のドラマ、芸能人の恋愛事情などを見逃さないようにする。

 

もう1つは、『理想の生活をするため』だ。
人間にはこんな風になりたいというニーズがある。美味しいものを食べたい、綺麗になりたい、女の子にモテたい、知的な人になりたい、仕事をうまくやりたい、いい家に住みたい…
そういった欲求を満たすために、その方法を知るために情報を見る。ニーズを叶えるための情報を日々探しているし、可愛い猫の画像を見たり、美味しいレストランの情報をキャッチすることで擬似的にニーズを満たしたりしている。コンテンツとはニーズを満たすためのものだ。

 

上記のうち、大きな役割、そして経済的な働きを果たすのが後者のニーズを満たすため(その手段を知るため)のコンテンツである。

つまり、我々の役割はユーザーに『最適な情報を提案する』ではなくて、ユーザーの求める情報をベースに『ニーズを満たす商品やサービスを提供する』ことにある。

情報を提供することをゴールとせず、その情報から導き出されるソリューション(商品など)を提供することがサービスとしての役割だと考えている。コンテンツを読んでいく過程の中で、そのコンテンツが『痩せる方法』ならば、サプリメントなどのソリューションが考えられる。情報のみを提供するのではなく、商品などのソリューションそのものを売ってしまえばいい。

 

仕組みとしては、アフィリエイトを想像してもらえると分かりやすい。
コンテンツの中に商品に関する情報が出てきて(当然そのコンテンツを読むユーザーが求めているようなものである必要がある)、そのままページ遷移せずにユーザーは商品を購入することができる。

ツイッターが以下のような購入ボタンを試験的に導入していたが、UIとしてはそれに近い形となっている。

 

 

今現在、アフィリエイトの市場規模は日本で2000億円ほどで、インターネット広告の市場1兆円のうちの2割を占めている。
それをRanQというサイト内の仕組みとして完結する形でコンテンツと行動(主に購買)を結びつけるようなビジネスモデルだ。アフィリエイトが2000億円という大きな市場を持っているように、コンテンツの中でユーザーの購買意欲を喚起することは可能だし、広告効果としても十分にある。

何より、コンテンツとコンテンツの間に外部リンクへの広告を挟むよりも、実際にコンテンツを読んだ中で欲求が喚起された上で適切な商品が買える仕組みはユーザーにとって満足度が高いはずだ。広義での広告ではあるが、広告臭さは全くない。

 

9 枠から人へという流れ

広告、特にアドネットワークにおいて、『枠から人へ』という流れが2010年くらいから今に至るまで進歩だとされてきた。

枠から人とは、従来の純広告などの枠への広告(誰がそのページを見てもその位置には同じものが表示されている)ではなく、その人に対して合った内容の広告を表示する人への広告へのシフトを指す。人への広告で代表的なものは、Googleの提供するGoogle Adsenseで、Cookieなどの履歴からその人に合ったものを表示している。

誰にでも同じ広告を表示するよりその人に合ったものを表示する(リターゲッティングと呼ばれる、ユーザーの訪れたことのあるサイトへの広告を表示する形である)方がよりユーザーの望むものを提示できる(≒クリック率も上がる)というアプローチである。

 

ただし、私はこれは少し違っていると思っている。
その人に向けて出した、その人に合った広告が必ずしもユーザーの望むものではない。

 

例えば、あなたが年に1回行くか行かないかの高級レストランに行ったとしよう。
そのときに、あなたが毎日食べるくらい大好きなポテトチップスがメニューにあったとしてはたしてそれを頼みたいと思うだろうか。

ユーザーが求める情報はその時々やそのときの気分によって異なる。
枠から人へというのは、高級レストランでポテトチップスを出すような行為になってしまう可能性がある。

 

ユーザーがそのコンテンツを見ているということは、そのコンテンツに関する情報をそのとき求めているということだ。そうならば、それに関する広告および商品を提示する方がユーザーが望む可能性が高いのではないかと思っている。

たとえ、40代男性だったとしても、ファッションに関するコンテンツを見ているならばそのときはギャンブルに関する内容でも、家電に関する情報でもなくファッションの情報を求めている。ファッションの広告および商品を求める可能性が高いと考えるのが自然なのではないだろうか。

そして何より、今見ているコンテンツに沿っているものが表示されている以上、紹介されている以上、自分が見ているものと異なる異質な『広告感』を感じることが少なくなる。

10 古い意味での広告はなくそう

以上のような理由で、RanQはコンテンツの中に商品を埋め込むことができ、ページ遷移なしで商品をワンクリックないしはクリックでウィンドウが開いて、そのまま購入をできるような仕組みとして考えている。(現状はそういった機能は構築されておらず、コンテンツを投稿できるのがメインの機能である。まだまだこれからだ。)

コンテンツの中で提示された商品やサービスを買うという行為が行われるということは、アフィリエイトという行動ですでに証明されている。さらに、RanQの仕組みの場合は、アフィリエイトのようにリンク先のページに飛ぶわけでもなく、そのままのページで購入ができる分より成約率の高い仕組みであり(当然ながらユーザーはページを移動すればするほどその間に離脱する可能性が高まる。購入に至るまでに指を動かす回数が少ないほど売れる可能性は高い)、なおかつアフィリエイトの抱える『新しいサイトでいちいちゼロから住所などを入力しなければいけない』という問題は、RanQ内での2回目以降の購買では避けられる。

 

昨今、『アドブロック』という広告そのものを表示させないようなツールが出てくるなど、ユーザーの広告嫌いが激しい。
私はRanQを開発する前、オウンドメディアや広告運用に携わっていたが、やはり大きく感じるのがその部分だった。広告っぽい文章、売り込みの強いコンテンツをユーザーは嫌う。その中でも1番は『自分の見たくないものを嫌う』というところだった。

広告なんかはその最たる例であり、広告主の見せたいもの、つまり必ずしもユーザーの見たいものでないものが表示される。広告を出す側の人間として、どうしても『これはユーザーの望むものではないのだろう、しかし売り上げを重視しなければいけない』という歯がゆさがあった。

 

私は、狭義での広告は消えるべきだとすら思っている。この場合の広告とは、バナーなどの形で表示されるユーザーにとって『これは広告だ』と分かる広告のことである。仮に広告であってもユーザーが見たいと思えるようなもの、ユーザーの欲求をそそるものはこの狭義での広告には入らない。

広告としてユーザーに嫌がられる広告、『あ、これ広告だ』と思われる広告はなくなるべきだ。常にユーザーが求めているもの、欲しいもののみを表示させるようにすべきだし、広告ですらユーザーを楽しませる要素があってしかるべきだと感じている。

 

RanQの仕組みは、コンテンツの中に商品やサービスを埋め込んで、そのページ内で購入などが可能である、というものであるがこれは広義での広告だ。コンテンツの中で商品を紹介し、それが売れることでコンテンツの制作者は収益を得るし、その過程でRanQは手数料の20%を収益とする。

コンテンツの中でものを広めようとしている、販売の促進を行おうとしている意味では広義の広告であるが、ユーザーの望まないものは許さない。アルゴリズムによって、不適切な商品を紹介しているコンテンツやユーザーにとって信用を落とす形で商品を提示しているコンテンツは優先度を落とす。

 

こういった仕組みでユーザーの信頼と満足度を得ることができれば狭義での広告は消えるのではないかと思っている。
もちろん、スマホ上で誤クリックを誘発するような広告は今からでもなくなるべきだ。

11 RanQ上でコンテンツを投稿する仕組みにした理由

RanQをニュースアプリなどのように情報をクローリングする仕組みではなく、ユーザーがコンテンツを投稿する仕組みにしたのは上記のような、コンテンツ内に商品を埋め込み、情報からソリューションを手にするところまでを体験として提供するという理由からだ。

今現在実装されていないが、商品ページおよび購入ボタンをコンテンツ内に埋め込むような仕組みにするためには、どうしてもRanQというサービス上でユーザーにコンテンツを作ってもらう必要があった。他社のコンテンツを配信する仕組みでは、コンテンツを読んだ流れの中で商品を買ったり、お店やイベントなどに対していいねをするような仕組みにはできない。

あくまで、コンテンツを読んでそれで終わりになってしまう。それでは我々の目指すものはできない。

 

正直、ユーザーがコンテンツを投稿するまでの道のりは長い。ブログなどを運営している人ははてななどのブログサービスやWordPressで独自ドメインでサイトを作成するし、それが当たり前の行為として定着している。

RanQでコンテンツを投稿してくれるようになるまではかなり粘り強く、プラットフォームとしての利便性や体験を強化していかなければならない。正直、コンテンツをクローリングしてしまった方が早いんじゃないかと思ったことは幾度もあるし、現時点でRanQのサービスとしての成長は牛歩だ。

 

しかし、これからは個人のメディア化が強く起こる。

今マスメディアがその信用を失っているように、メディアや出版社の中でそれを仕事にして取材をする者よりも、そのテーマにおける専門性を持つ者が情報を発信するほうがよっぽど有意義である。

例えば、新聞社では一般的に2年おきに担当が変わる。だから野球に詳しくなったと思ったら次は全く関係ないジャンルにといったことが起こる。はたして、そんな状態で本当に価値のある情報を届けることができるのだろうか?
ここ最近、仮想通貨やブロックチェーンに関する情報が世間を賑わせているが、当然歴史も浅く日進月歩するこの業界の専門性に記者がついていけるわけがない。そもそも、ちゃんと理解している人間が世の中にどれだけいるかというレベルに複雑な概念だ。

ビットコインのハードフォークに関する解説記事をいくつか見させて頂いたが、明確に間違っている点が多々あった。これではマスメディアの信用もへったくれもない。

 

メディアという事業はあまりに広すぎる。
発信するプロなのかもしれないが、はたして彼らが作るコンテンツは本当に情熱がこもっているのだろうか、本当に価値のあるものなのだろうか。

グルメジャンルに配置されたライターよりも、ただただラーメンが好きで365日ラーメンを食べている一般人の方がラーメンに詳しい。これからはそういう分野を極めた個人による情報が求められるようになるだろう。その方がずっと詳しいし、本当に好きな人の情熱が伝わってくる。

人間が信用するのは、それがこと購買などにおいてはマスメディアよりも口コミだ。なぜ口コミをそこまで信用するかというと、そこには感情がこもっているからだ。『これいいよ!』という心から出てきた感情があるからこそ人は心を動かされる。

 

これからの世の中において、メディアはどんどん小さい単位で専門化していくだろう。

そしてその最終的に行き着くところが、個人という最小単位だ。

だからこそ、RanQはメディアの記事をクローリングして配信するのではなく、個人が投稿できるようにする、発信できるようにする。個人をメディア化させる方向を選んだ。

12 消費者は情報を制限したがっている

また、もう1つの理由として、1つのアプリないしはサービスの中の体験は統一すべきであるという考えがベースにある。サービスの中で文字の大きさや色が毎回違ったり、コンテンツの構成が大きく異なるというのは望ましいことだとは思わない。

今、GoogleではなくInstagram内で検索を行うような人もいるという。情報量を考えれば、Googleで検索した方がより多くの情報の中から望むものを得ることができる可能性が高いはずだが、若い女性にとっては『Googleは文字だらけで見づらい』とか『Instagramの方が(自分と似た視点の人の投稿だから)信用できる』と考えることはむしろ自然なものになりつつある。

商品を調べる際に、GoogleではなくAmazonで検索するユーザーがアメリカではすでに半数を超えているという。これは、ユーザーにとってすでに求めているものが明確に決まっているからだ。Amazonの中で買うというゴール、つまり一定のフォーマットが定まっている以上、それ以外の情報を排除したいという心理になる。

 

これらの事実から言えることは、ユーザーは統一されたフォーマットを望むし、できる限り情報を制限したい(無駄な情報の中から探し出すという手間をかけたくない)ということだ。RanQの中で他社のコンテンツを配信することになれば、それぞれコンテンツそのものの文字の大きさ色などのルールからフォーマットに至るまでが統一されないという問題である。

RanQのコンテンツには、小見出しごとに数字が振られる(今このコンテンツ『消費者は情報を制限したがっている』には12という数字が振られている)が、これは記事を投稿する時点でエディタに勝手に振られるようになっている。なぜ強制的にどのコンテンツにもそうした数字を振っているかというと、全てのコンテンツがそうした形になっていればその分フォーマットが統一されていることで読み手にとって負荷が小さくなるからだ。

 

ユーザーから見たとき、必ずしも自由度が高いのがいいことではない。自由度が高ければその分情報が散乱するし選ばなければいけない要素が増える。今、多くのサイトではリンク部分は、青くなったり色がついたり、マウスをかざすと変化が起こるようになっているが、そういう風にどのサイトでもある程度統一されたルールがあればあるほどユーザーにとっては快適に利用することができるということになる。

スマートフォン市場においてiPhoneよりもAndroidの方が自由度が高い。しかし、一般的にiPhoneの方が人気が高い。もちろん、一概に自由度という概念でものを決めることができないが、iPhoneはあえて自由度が低い(ルールが決まっている)ことでユーザーが快適に使うことができるのかもしれない。

スターバックスでは、飲み物のカスタマイズのルールが存在するが、これが『なんでもカスタマイズ自由にお申し付けください』では逆に顧客は注文しづらいし、気を遣うのではないだろうか。一定のルールやフォーマットがあるからこそできることがイメージしやすいし、より気軽にスムーズに利用できる。

 

これからの時代において、制約があることによってサービスがより魅力的になることが増えるように思う。
Snapchatはメッセージが消えるという制約があるが、そのことによってユーザーはむしろ今までにないような自由な楽しみ方をするようになった。すぐ消えるからこそ変顔を撮って送ったり、『返信をしなければいけない』というような義務感がないからこそより気軽にメッセージが送れるようになった。

制約はユーザーの行動を制限することではなく、むしろ自由を高めることになる。

13 情報の流動性と多様性がより求められる時代

今後、世の中において情報の変化は激しくなる。SNSなどによってあらゆる一般人が情報を発信することができるようになり、1日の中で触れる情報量が増えることで、口コミなどによってあらゆる情報が一瞬で広まり、その一方飽きられるスピードも速くなる。

また、情報量が増えるほどに、選択肢が増えるほどに多様性が生まれる。今までのホテル業においては基本的にホテルと言うとだいたい同じようなサービスで同じような内装が多かったが、AIrbnbで泊まることのできるホテル(物件)はユニークなものが非常に多い。過去には360度をサメに囲まれた水中の部屋もあった。

 

なぜこのように個性的なものが出てくるかというと、ユーザーは多くの選択肢から選ぶことができるからだ。
もし、その日になって急に○○駅近くでホテルを探さなければいけない時に、個性的なホテルしかなかったら顧客の期待を裏切る可能性が高い。選ぶ自由がなければ個性はむしろマイナスな方向に向かう可能性が高いのである。

しかし、Airbnbのようなサービスの中では、ユーザーはホテルとは違う体験を求めていることもあるし、あらゆる物件の中から自分好みのものを選ぶことができる。そして、Airbnbでは、アルゴリズムで表示する物件の順番を管理している。Airbnbはイメージよりもずっとテクノロジーに精通した企業であり、そういった部分が多様性を生んでいる。

 

これからの世の中において、この2つが重要になってくる。情報の流動性と多様性を消費者は求める。

より新しいものを求め、より早く飽きてしまう。
そして、より自分に合った多様性のある心を掴む個性的なものを求めている。

14 アパレルの競合はGoogle、Amazon

 

 

ユニクロの柳井氏は、いずれGoogleやAmazonがアパレルで競合になると語っている。

 

服とは情報であり、その情報をドリブンすることのできるテック企業が優位に立つ可能性があるということだ。

 

これは、アパレルのみならず多くの企業に言えるのではないかと思っている。今までの世の中においては自社工場や、知名度、流通などの規模の経済の働く企業が優位に立っていた。それはアパレルしかり、雑貨、化粧品、食品などに当てはまる。

これが、これからはよりユーザーの望むものを的確に早く世に出す企業がイニシアチブを握るということだ。必然的に、非常に多くの企業がデータ企業にならざるを得ない。今までのやり方でやっていると、ユーザーの変化を掴むことができずに、テック企業に消費者を奪われてしまう。

3Dプリンターなど製造におけるイノベーションによって、実は今製造にかかるコストや最低のロット数がどんどん下がってきている。高度経済成長期から世界では大量生産の流れがあったが、今は同じものを作ってもものが売れない。
必然的に、ユーザーのニーズに合わせた小回りのきく商品を出していく必要がある。

 

15 モノ消費からコト消費へ

商品やサービスに多様性が求められることももちろんであるが、この時代においては消費の質そのものが変わっている。

それが、モノ消費からコト消費への移行だ。
つまり、形のある物質にお金を使うのではなく、消費者は体験にお金を使うようになっている。その分、所有への意欲は小さくなっている。

 

すでに大きな市場としては音楽市場の消費はその多くがコト消費になっている。今まで大きな売り上げを占めていたCDは売れなくなってきており、ライブが主戦場になっている。物が売れない時代になっている代わりに、体験に対しては多くのお金を消費者は払うようになってきている。

 

その理由の一つが、地位財がアパレルからSNSに変化したことだ。

地位財とは、自分自身のステータス、魅力、社会的地位などを示すような財のことで、その代表的なものがブランド品などである。
それを持っている、身に付けていることで自分の地位を向上させるようなもの全体を指す。

 

今まで、多くの若者は自分自身が流行の服を身に付けることや、手の届きにくいブランド品を持つことで地位財としていた。もちろん、若者でなくとも、高級品を身に付けたり高い車に乗るといった行為は行なっていた。可処分所得のうちアパレルが占める割合は当然多いし、地位財にかなりのお金を費やしていると言える。

そして、今はその地位財がSNSに移っている。つまり、どれだけいいものを身に付けることからどれだけ『いいねがもらえるような体験をする(そして写真に収める)』ことに変わっているということだ。

SNS映えする商品や行動をして、それを多くの友達と共有するということが消費の中の大きなウエイトを占めるものになってきている。

 

これからの時代の流れとして、コト消費が大きなウエイトを占めるが、コト消費つまり体験はモノのようにスペックや品質といった単純なパラメータで評価できない、そしてそもそもどんなものがあるかが認知されていない。

Amazonや価格コムでは欲しい商品があって、既存の枠組みがあってその中で消費者は比較をすることになる。この商品とこの商品の違いはどれか、どれが最も優れた商品なのだろうか、コスパはどうなのかということを考える。

 

コト消費になるとそれが全く変わる。比較以前に、そうした類の消費は『まずそういう体験が存在する』ことを知ってもらわなければならない。

例えば、今流行っているナイトプール。ナイトプールという概念が知られていれば消費者はどのプールがいいのか比較するかもしれない。ただ、『まずそのものが知られる』という過程を経ないと何をどう頑張っても売れることはない。

つまり、コト消費においては、『新しかったりもの珍しい体験がそもそも知られること』、そして『情報の発信を通して魅力を感じてもらうこと』がマーケティングにおける肝になってくる。検索するような、比較するようなものでないからこそ、情報を受動的に消費者に受け取ってもらわないとコト消費には至らない。

 

このコト消費が消費者の手に渡るためには、より情報の流動性が重要になる。電子レンジだったら性能を良くすれば価格コムやamazonで買ってもらうチャンスがある。もしそれが、新しい体験を売るものだったらそれ自体を知ってもらうことが売り上げにつながる。
だからこそ、受動的にユーザーが情報に触れられるように配信することができなければならない。能動的に情報にアプローチしようにも、知らないものは検索のしようがないのだから受動的に受け取るしかない。

16 マーケティングは虚像を作り出す

このRanQを創るまで、弊社ではオウンドメディアを代行して運用したり、ECサイトの広告運用をしていた。もともとこういった業務が本業であり、自分自身としてもマーケティング(と言うと範囲が広すぎるかもしれないが)戦略というのは自分自身の仕事の中の核になっている。

その中で常々思っていたのは『いいものでも認知されるまでには時間がかかる』ということだ。
なんのことない当たり前のことである。『素晴らしい商品なら勝手に売れる』なんて虚言に過ぎず、それが認知されるまで、そして消費者の手に渡って信頼を勝ち取るまでには時間がかかる。

その一方で、大して優れていない商品でもマーケティング戦略次第では売れる可能性が十分にある。
あまりに酷くなければ、とにかく広告を打って多くの人の目に留まるだけで売れる可能性はグッと上がる。

 

細かいリソースの提示などは避けるが、人間の感性や判断は正確ではないということが分かっている。

車の隣にコンパニオンの美女がいれば男性はその車を魅力的だと感じるし(しかも、男性は自分の判断において美女の影響などない、つまり自分はその車そのものを評価したと語る)、商品の紹介の最後にわざとらしい消費者の声があれば、それがない時よりも商品を優れていると感じるようにできている。

人間は、その商品やサービスを完全に正確には判断できない。だからこそ、優れた商品ならば売れるわけではないし、正直なところ品質の悪い商品でも私は売る自信がある。おそらく今までの仕事の中でそういったことをいくつかしてきただろう。

 

 

この記事では、『人気』という概念が小児期においては純粋に他者からどれだけ好かれているか(ある種の独立した事象の総和)で決まるものの、時間が経つにつれてステータスや社会的な地位などの影響が強くなるということが書かれている。

つまり、人は小児期を除くと、他者からの評価によって『その人や商品、ブランドが好きか』が決まる部分があるということだ。人は必ずしもそのものを正当に評価することはできない、むしろ他者がいいと言っているものをいいものだと思い込むようなところがある。

 

こういった人間の心理をうまく利用しているのが広告業界であり、CMをたくさん流して目につく機会が増えれば好感度は上がるし(単純接触の原理)、商品と同時に好感度の高い有名人が映っていれば引きずられて商品を好きになる(ハロー効果)といったことが起こっている。

それでも消費者は満足して買っているんだからいいじゃないか、そう思うかもしれない。ただ、それほど優れているわけでもない商品をあの手この手でよく見せるくらいなら最初から優れている商品が消費者の手元に届く方がずっといい。
マーケティングをもちろん否定するわけではないが、マーケティングの力でクソみたいな商品が流通する一方で、販促の力に乏しい優れた商品が誰にも気づかれないのはベストな形だとは思わない。

 

検索エンジンだって同じだろう。
SEOのうまいコンテンツよりも、ユーザーを満足させるコンテンツが上位に表示される方がずっといい。しかし、そうはいかない。情報の流通や検索エンジンのアルゴリズムはユーザーの満足や優れたものをそのまま反映させるほどうまくできていないからだ。

そういった意味では、SEO対策もマーケティングも虚像を作り出しているような側面があると言える。

17 「いいものが売れる」を当たり前に

情報社会が到来して、多くの人は『これだけ情報がありふれていればブランドやCMに流されず買い物をできるようになるだろう』と予想した。
しかし現実は異なることが起こっている。SNSなどによってむしろ『多くの人が好きなもの』を手にすることの重要性が増しているように思えてならない。

それ自体が悪いことであるとかそういうことを思うわけではないが、マーケティングによって大したことのない商品がヒットするならば、表面上の部分抜きで優れた商品が売れるように我々の手元に届くようになって欲しい。

 

RanQのミッションは『世界中の人々がいいものを共有できるようにする』だ。

いいものが売れるようになって欲しい。今まで世の中で気付かれていなかったけど、実際は優れた商品やサービス、魅力的な土地が知られて欲しい。その上で知られるだけでなく、サービスを通してそれを手にできるようになって欲しい。これをテクノロジーの力で我々は実現する。

我々のゴールおよび目的は情報を最適化することでなく、その先にある『実際に消費者がサービスや商品を体験するところ』にある。情報をいくら知ったところで、どれだけ知名度が上がったとしてもそこに人が行かないと、実際にそれを手にしないとただの画面の奥の話で終わってしまう。

 

私は、今までの業務を通して様々な商品や事業者、メーカーと関わってきた。その中には玉石混交で様々な質のものがあったが、『いいものを提供しているのに予算が足りない、マーケティングを知らない』がゆえに顧客の手に届くことがないというケースが多くあった。

素晴らしい商品を作っていたら、素晴らしいサービスを提供していたら、いいものであれば勝手に売れるようにしたい。マーケティングがうまいだけのクソ商品が売れるよりそれはずっといい。

ただ、『いいものなら勝手に売れる』なんて子供が考えた理想論だ。ものを売るにはものすごい労力と工夫がいる。それが常識だ。そんな都合よくうまくいくはずがない。これが世の中の定説であり、今現在の常識だと思う。
それを、RanQというサービスで、テクノロジーの力で『いいものは勝手に売れる』ようにしたい。

インターネットだって、スマートフォンだって、『そんなことはできるはずない』を当たり前にしてきたはずだ。

18 経済のサイクルを加速させる

また、私がこのRanQを通して実現したい社会の姿というのがある。

このRanQは『世界中の人々がいいものを共有できるようにする』というミッションを掲げて、情報のパーソナライズや最適化を行なっている。そこで、流行の変化のスピードや情報や嗜好の多様性といったこれからの世の中の流れに適応した企業の形というのを促進しようと考えているが、これらのことが『経済のサイクルを加速させる』ことにつながると考えている。

 

情報伝達のスピードが上がることによって、ものが認知されるスピードが上がる。もちろん、そのことで売れるスピードも上がる。
一方、飽きられる忘れられるスピードも上がるため、その分企業は早く製造して早く次のものを生み出す努力が必要になる。

こうしたことがどんどん加速するほどに、我々は日々新しいイベントやお店、商品に触れることができるようになる。経済のサイクルが加速することは、当然雇用などの流動性につながるし、起業家などゼロから何かを生み出す人間にとって成果を出しやすくなる。
そういった面ももちろんのこと、1番は消費者にとって新鮮なものが多くなるということだ。

 

人間の幸福というものを考えたときに、当然収入などの分かりやすい基準でそれを測ることはできない。
そして、私の目から見ると、日々新しいものに挑戦している人、新しいものに触れている人ほど刺激が多くて生き生きしているように思えた。

特に日本では、幸福度が年齢を追うごとに下がるという傾向にあるのだが、この理由としてはそういった刺激が生まれなくなることにあると思っている。自分自身の祖母の口から『毎日生きてたところで暇で仕方ない。』という言葉を聞いたこともあって、社会としてなんとかしてそういう部分が解決されて欲しいと思った。

 

RanQでは、サービスを通して、パーソナライズなどの技術を通して、世界全体の経済のサイクルを加速させたいと感じている。流動性や効率化などの部分ももちろん、一個人として消費者として毎日新しい、楽しい情報に触れることができる、その中で新たなものに出会うチャンスがある、そんな世界を形成していきたいと思っている。

毎日が暇で、かと言って今さら新しいことに挑戦するのも億劫な高齢者の方もスマホさえ使えればそうした形で毎日何かに触れる機会があれば日々に楽しみや刺激を見出してくれるかもしれない。それがRanQで達成しようとしている理想の姿だ。

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