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スタートアップ経営者として『MERYはペロリにしかできない』と言いたい

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新しいMERYが誕生するということになった。

 

株式会社MERYという新たな会社がDeNAと小学館によって生まれるようだ。
MERYの名を使っているものの、中身は完全にリニューアルしている。今までのMERYの記事は一切使用せず、完全に刷新して運営していくとのこと。今までの記事などに関する対応については株式会社ペロリが対応するということで、MERYの名前自体は使うものの新しいサービスということにはなるのだろう。

ちなみに、株式会社MERYは、小学館が66.66%を、DeNAが33.34%出資する形にはなる。キュレーションメディアの騒動で撤退せざるを得なくなったDeNAはあくまでノウハウなどのサポートに回る形になるだろうか。小学館が、出版社としてのノウハウを生かして質の高いコンテンツを作ることに注力するという姿勢の表れかもしれない。

ノウハウは一部引き継いだ上で、完全に新しく作り直し、MERYというネームバリューは利用するという流れになっている。名前はMERYであるものの、以前の株式会社ペロリの運営するMERYで使用されていた記事については使用しない。

 

この件について、いちスタートアップ経営者として強く思うところがある。

1 MERYは多くのユーザーに愛されていた

MERYがなくなっても、ファッションを扱うキュレーションメディアはたくさんある。サイバーエージェントのbysに、ヤフーのTRILLに、クルーズのMARBLEにというように、ファッションを扱うキュレーションメディアを挙げればきりがない。

もちろん、その中でもファッションとは一口に言っても雑誌を見ればそれぞれ年齢層やターゲットの属性(コンサバやガーリーなど)によって異なるのは一目瞭然だし、MERYのファンがすぐに他のキュレーションメディアで満足するかというとそうではない。

とはいえ、その中でMARBLEに関しては運営元のcandleにはエンジェル投資家としてペロリ創業メンバーの有川氏が関与しているし、MERYクローンとしての働きが期待できるようなサービスではあるはずだ。
そして、MERYはかなりビジネスとしても順調だったし、その市場を狙う企業はたくさんあるはずだ。『MERY不在で空いているユーザー層を獲りにいく!』と考えるのは極めて自然なことで、そうした企業もたくさんあるはずだ。

 

では、
なぜMERYロスという現象が起こるのか?

 

我々のようなスタートアップ業界、そして男性の多い業界で生きている人間にはなかなか想像できないだろうが、MERYが休止になったそのとき、『MERY 代わり』で検索されていたり、MERYロスと呼ばれるファンの反応が起こった。

MERY自体の運営の是非や著作権の問題は少なくとも置いておくとして、MERYがユーザーに愛されていた、それは事実だ。
多くの女性ユーザーがMERYの代わりはない、と考えるくらいに支持を得ていたのは少なくとも否定し難い事実なのである。

 

これは、他社が真似できない価値をMERYが有していた

ということになる。

2 なぜMERYは愛されていたのか

では、なぜMERYはそこまでに愛されていたのか。

 

 

buzzfeedのこの記事にその一端を伺うことができる。

 

その中でも、注視すべきは『隅から隅まで「かわいい」世界』というワードにある。

男社会に生きる我々にはなかなかピンとこないワードであることは間違いない。

 

MERYが優れていたのは、その世界観である。
女性が好むようなかわいい世界観が形成されていたのは、MERYであり、他のメディアはMERYと同じようなことをしていてもMERYのような細部へのこだわりや、隅から隅までの世界観が存在しなかったということである。

 

外からサービスを見て、ステレオタイプに当てはめるような考え方では絶対にMERYロスが起こった理由に辿り着くことはできない。
女性ならではの感性があり、その言語化するのも困難な繊細な感性を満足するようなプロダクトだったからこそMERYは受け入れられ、なおかつ替えの効かない存在であったということだろう。

3 新MERYがファンに愛されることはない

では、小学館とDeNAにあのMERYを再現し、その世界観を維持することはできるだろうか。

それができるならばDeNAはペロリを買収していない。大企業がスタートアップを買収するのは、それを0から構築するのが難しい(0から1を作れる人材は大企業にはほとんどいない)ことと、細部へのこだわりや理念はそう簡単に真似することができないからだ。
お金をかけて優秀な人材を投下してなんとかできるならば、そもそも最初からそうする。スタートアップなんて金も看板も余裕もない。簡単に潰せるはずだ。

 

でも、LINEは出前館を買収したし(その前にLINE WOWは撤退している)、Facebookは執拗にSnapchat(現Snap)を買収しようとした。大企業の中にいる人材じゃスタートアップは作れないし、
そもそもスタートアップが買収されるレベルのところに来るというのは、創業者の推進力、そして執念、人材の巡り合わせの運といったあらゆる要因が重なって生まれた奇跡のようなものだ。それを真似することは極めて難しい。

成長を続けるFacebookですらSnapchatっぽいサービスを作っては失敗し続けた。
Snapchatを真似できても、そこにエヴァン・スピーゲルはいない。

 

MERYの世界観を構築してきたのは、創業者がこの世にMERYを生み出したところからある理念や信念、そしてこだわりのようなものだ。
今新しいMERYを作ったとしてもそういった奥深くにある部分は真似しようがない。

4 DeNAの腐った成果至上主義は変わらない

 

 

 

 

またbuzzfeedの記事になるが、DeNAが数字目標に追われ、SEO至上主義、文字数至上主義の中にあって、MERYは、というよりペロリはそのDeNAの命令をはねのけてペロリとしての哲学を遵守した。

iemoを売却した村田マリ氏にそういった哲学はなかったし(むしろ彼女がSEO至上主義の生みの親かもしれない)、基本的に大企業の社員に『心の底からユーザー目線で向き合う』ことができるとは思えない。
むしろ、これに関しては、昨今のキュレーションメディアがSEOハックに終始する中、MERYのブランドに誇りを持ち、ユーザーと向き合い続けたペロリがすごいとしか言いようがない。

 

DeNAと小学館が新しいMERYを作ろうとこれと同じことが起こることは目に見えている。
企業に染み付いた体質は変わらない。また、今までと同じように数字の目標が先行し、それを達成するために数字以外のものが見えなくなってしまうだろう。社長が頭を下げたくらいで企業の体質から脱却できるほど人間は利口にできていない。根本で同じことは繰り返される。

 

そうしたことが起これば、間違いなくユーザーは離れていくだろう。
今までのMERYファンが望む『世界観』はおそらくそこにはない。他のキュレーションメディアと同じ土俵で競争することを余儀なくされるに違いない。

5 スタートアップの価値は理念や執念にある

DeNAは立派な大企業だし、優れた企業であることは間違いない。
横浜ベイスターズを買収し、今まで球団経営は『宣伝広告費』として赤字でも当たり前だと言われた業界の中で、ファンを喜ばせる催しを行い続けて来場者数を伸ばし続け、さらには横浜スタジアムに巣食うヤクザ共と勇敢に向き合い、健全な経営をしていることは、まさにベンチャー企業としてかくあるべきを実現したような形だ。

毎年のように優秀な東大生が入社する。
そんじょそこらの大企業とは違うことは間違いない。

 

でも、DeNAだろうがなんだろうがMERYを再現することはできないし、スタートアップの創り上げた世界観はスタートアップでしか維持することはできない。
WELQから始まり一連の騒動はそれを教えてくれたように思う。

MERYがユーザーから愛されたのは、ペロリというチームがあったからだ。その圧倒的な価値は優秀な人材を揃え、底無しにキャッシュを持つDeNAでも真似することはできなかった。

 

FacebookでもSnapchatを真似できないのだから当たり前の話だ。

スタートアップの価値というのは、その裏にあるサービスを世に生み出すに至るまでの理念や、撤退と隣り合わせの状態にありながら、明日が保証されない状態にありながら走り続ける執念にあるのだと思う。たとえ買収されようと、そのサービスを創り上げたのはその創業者たち、そして社員たちだ。

表面上のサービスは真似できるかもしれない、キャッシュが潤沢になればより豪華にできるかもしれない、大企業の看板があるからこそ仕事はしやすくなるかもしれない。
でも、その裏にある一本通った軸は真似できない

 

ペロリの人たちがDeNAのエリートたちより優秀かは分からない。
多分、大企業の社員の方が優秀だろう。

ただ、MERYは彼らだからここまで来たし、それをバトンのように簡単に誰かが引き継げるものではないだろう。
『こういうときはどうすべきか、ユーザーに何を提供すべきか、サービスにどうこだわるべきか』そういった部分は長年の間に染み付くものである。特に、創業者についてはその源泉は彼らの人生の中にある。

 

6 スタートアップは生き物だ

私自身、スタートアップの経営者として何年か生きてきて、今もサービスを運営しているが、
『自分が1番このサービスについて熟知し、考えている』ということについては圧倒的に自信を持っている。

当たり前だ。自分で考え自分で作ったのだから自分が知っているに決まっている。

そして、今あるこのサービスに関しては、自分自身の人生における学びや経験、価値観に判断軸が影響を及ぼしている。サービスの2年先までは仕様をどうするかをすでにイメージしている、そして社内でそれを共有している。
自分の頭の中だけならば10年後でさえイメージしている。

ご飯を食べるときも、ベッドで寝る直前も、そのときでさえサービスのことが頭の片隅にある。
こんなこと自分以外真似のしようがない。

 

おそらく、スタートアップの創業者はみな同じだろう。
自分がこの世に生み出してしまった以上、それに対する愛着というのは異常なものであり、サービスが気になってしょうがない。

今、CEOである自分に代わって、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグがその椅子についたとして自分自身よりうまくやれるわけがないと思っている。
ここまで自分自身が創り上げて来たのだし、その選択の数々、悩みの数々は誰にも理解することができないからだ。途中からやったってうまくいかない。

もちろん、自分がどこかのスタートアップのCEOに急になったとしてうまくできるはずがない。そのサービスが生まれた経緯、そこに根付く理念まで含めてスタートアップだ。

 

私は、これを生き物のようなものだと思っている。
そこに理念や執念、理想があるならば、スタートアップは独りで動く。勝手にその行き先を決める。

よく、『ジョブズならこうした』とAppleファンが議論しているがそれに近い。
そこに至るまでの決断には理由があり、信念があり、その信念が消えない以上は、サービスやプロダクトは1つの決まった方向へと向かうのである。

 

新しいMERYに関しては、私はすごい期待している。

『創業者の理念やこだわりで創り上げてきたプロダクトを、金はある大企業が引き継いで表層を真似たところで似たような何かになるだけでうまくいかない』という学びをもたらしてくれる素晴らしい教材になるんじゃないかと思う。

スタートアップにはスタートアップの良さがある。大企業に劣る弱者ではない。
ということを、多くの人に知ってもらう機会になるはずだ。