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人の期待に応え続ける無責任な人たち

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「ずっと親の期待に縛られて生きてきた人」

「学校や社会が求める真面目さや優しさに応え続けてきた人」

「幼少期にいじめや家庭内の暴力で否定されてきた人」

 

得てして彼ら彼女らは、自分の人生に対して無責任になりがちだ。

嫌なことがあったり、失敗したとき、何も面白みがないとき…

全てを親のせいにし、学校のせいにし、社会のせいにしてしまう。

 

彼ら彼女らは「自分の人生=親の望むもの / 社会が望むもの / 価値のないもの」

という方程式が自分の意識の中に刷り込まれてしまっているために、本当に自分がやりたいことに対して鈍感になっていたりする。

あなたの夢はなに?って問いかけると、誰かの期待に沿ったであろう"いびつな夢"が回答として出てくることが予想できる。

大学に行くこと、結婚すること、成績優秀になること、美人になることなど。

いったいそれらのどこに本人の心があるのだろう。

 

誰かの期待に応えることが絶対の社会で生き抜いてきた人の目には、誰かの期待を裏切ることは恐ろしいことのように映る。

親に文句を言うこと、自分の好きな格好をすること、授業をサボったり息抜きをすること、それらが信じられないものとして思えてしまう。

 

でも、期待に応え続けるといつかは息苦しさが限界にきてしまう、

恋愛でパートナーの期待に応え続けることは対等な関係を自ら崩しにいくようなものだろうし、

彼ら彼女らはいつまでも「誰も素の自分を愛してくれない!」という心の叫びを抱えながらさまよい続けることになる。

 

根本の原因は自尊心が低いことにある。すなわち自分を愛せていないと言うこと。

「こんな自分だけれど、それでいいんだ!」って認めてあげられていないことにある。

周りの期待値に振り回されず、自分で自分に対する期待値を決めて、これでいいと思えるようになることが必要だ。

 

自尊心の低さは手強い。

自分にとって重要でない誰かが、いくら本人を認めても自尊心は変わらない。

他でもない自分自身が、自分のことを認められるようにならないといけない。

 

そのためには、過去の経験を清算することが不可欠。

誰かに言われて傷つき思ったことを、自分の中で整理し意味付けをする。

「あの時の言われた言葉で自分はこう言う価値観に縛られてしまって生きてきたのか」と。

可能であれば元凶となった人物に「私はその時そう思った」と言うことを伝えられるとなお良い。

 

少しずつ自分の本当の思いに忠実に、敏感になっていくこと。

少しずつわがままになって、期待に逆らうことを覚えていくこと。

 

それができるようになったら次は夢を書き出してみる。

これが最初はとても難しい。

誰かの期待に応えるような夢は出てくるのに、誰も見向きもしないであろう夢はなかなか思い付けさえしない。

そりゃそうだ。何年も誰かの期待に応え続け、自分の心の声を無視してきたのだから。

いきなりは難しいけれど、くだらないものから、これはさすがに無理だろってものまで全部書き出してみる。

美味しいご飯を自分のために作ってあげるでもいい。お金も時間もかけるものじゃなくてもいい。

 

大事なのは、自分の心の声と望みにしっかり耳を傾けること。

そして、一つクリアするごとに自分を思いっきり褒めてあげる。

朝7時に起きる夢を掲げて、それができたらご褒美をあげよう。

くだらない夢を見つけ、描き、そして叶えていくと、

少しずつ身近な幸せに気づけるようになる。少しずつ周りの物事に感謝できるようになる。

 

そうこうしているうちに自分への執着が消えて、良い意味で自分のことがどうでもよくなる。

自分の気持ちに余裕ができた頃には、他の誰かを大切に思えるようになっている。

その頃には、他人からも愛される存在になり、良い人間関係を多くの人と築けるようになる。