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【絶対に知っておいた方が良い】パパ活女子の末路

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2016年ごろからパパ活女子なる言葉がブームになっている。

パパ活は、売春や風俗とは異なり、基本的には肉体関係を持つことはない。

若い女性とお金に余裕のある男性がデートの契約をし、美味しいご飯や旅行につきそう代わりに、対価として大金をもらうと言うシステム。

若い女性の夢を応援するものなどと説明されていたりするが、要はキャバクラやホステスの個人営業だ。

彼女らは10代末から20代前半にかけて、金銭的パトロンとしての"パパ"を見つけ、デートのたびに数万をもらい、そのお金を学費や生活費、ブランド用品などに注ぎ込む。

 

当然のことながら、そんな生活を送っていれば金銭感覚が歪む。

自ら汗水垂らして働くことなく、3時間ぐらいデートに付き合えば美味しいご飯に加えて数万円が手に入るのだから、時給1000円のアルバイトなどバカバカしくなるだろう。

また相手の男性の多くは、金銭的に余裕がある経営者や医者、あるいは裕福な家系の御曹司だったりする。

10歳以上も歳が離れていれば、人生経験も豊富で落ち着きもあるだろう。

彼らと付き合いを続けていれば、同世代の男性が物足りなくなるのは目に見えている。

同世代のまだ何も築き上げていない男性らは、彼女らの目にはきっと、落ち着きもなく金銭的余裕もない若造に映ることだろう。

同世代の恋人が背伸びして連れてこうというお店もきっとたかがしれている。

 

パパ活女子。

一見するときらびやかで羨ましがられるような存在として、女子の目には映るのかもしれない。

しかし実際のところはシビアだ。

うまく現実社会とパパ活は別物だと考えることができる人なら大丈夫かもしれない。

しかし、人によっては若さが大金と取引される環境に徐々に慣れていき、「男性から奢られること」「金銭的報酬をもらうこと」「タクシー代に数万もらうこと」などが当然になっていく。

若い時期に稼ぐ力を身につけず、若さ頼りに贅沢三昧をし続けたパパ活女子の末路は暗い。

美味しい話などはないのである。

 

若さはいずれは失われる資産。

若い頃は若く美しいということ、ただそれだけでちやほやされていたものが、徐々に誰も見向きをしなくなる。

20代後半までに、若気のいたりとしてパパ活から戻って来ることができたらまだいい。

しかし一度狂った金銭感覚と、"人の金は自分の金"、"付き合う人のステータスは自分のステータス"などの勘違い甚だしい価値観にどっぷりと使った女子はその後の人生を迷走する。

まともに仕事する力がなく、金銭感覚も崩壊している。

また「結婚しても贅沢させてくれる人じゃないと無理!」と言う雰囲気に婚活市場でもまともな男性に敬遠されるのだ。

 

パパ活女子は末路として4タイプになるという。

一つは結婚。20代前半まででパパ活稼業から足を洗って、普通に就職し、普通に結婚する。

二つは女衒化。別の若い子を紹介し生贄にすることで、パパに価値を提供し続けること。

三つは愛人化。抜けようと思っても負のスパイラルから抜け出すことができず、愛人として定着する。

四つは闇化。精神を病む。まるで若さだけ吸い尽くされたかのように生気を失う。

 

パパもパパ活女子もお互い成人しているのであれば、とやかく言う必要はないと思う。

若い女の子はその綺麗さを保つのに、多大な努力をしていることはよく聞く。金銭的パトロンが欲しくなることもあるのだろう。

パパが夢を応援するために援助をすることが悪いとも思わない。

パパ活もある種のビジネスなのかもしれない。そう考えるとパパ活女子は自らの力でお金稼いでいるとも言えるのかもしれない。

そして一人の男性が、女の子の将来を思って金銭的パトロンを辞めたところで、女の子にその気がなければ次のパトロンを探すだけだろう。

一度甘い味を占めたパパ活女子は、欲が渦巻く東京の街をさまよい続ける。

 

お金、性欲、見栄…それらが絡むと人はどうしたってどうしようもないんだな。