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平等とはただの誰かにとって都合のいい不平等に過ぎない

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ももクロの男性限定ライブが市民団体の申し立てを受けて中止になったらしい。(これはデマで、実際は中止にはなっていないとのこと。ただ、市民団体からの抗議があったのは事実である。)男女平等とは言うが、レディースデーがこうした形で批判をされたのを見たことがない。この人たちの考える男女平等とははたしていったい何なのだろうか。

つくづく思うのだけど、平等とはなんだろう。人間はみな違うし、持って生まれた才能も環境も努力量も違う。その中で所得や権利などの結果を全て同じにするのは努力する意義が失われる。かといって恵まれた人もそうでない人もいる。 ではその中ではたしてどうなれば平等なのかという。

・女の言う男女平等とは「男への不平等である」
・女は都合のいい時に「男女平等」を叫ぶ
・男女で体つきが違うのはそれぞれ役割がある為である。それを無視して同様に扱えば、これは女にとっても悲劇である。 
アドルフ・ヒトラー『我が闘争』

この部分に関しては、100年以上も前からその真理をついていたのだろう。男女は違う、差別は悪いかもしれないけど、区別は必要だ。男女が同じ場所で着替えなきゃいけないのはおかしいだろう。これは、区別だ。男女は違うという区別だ。

『重いものは男性が(できるだけ)持つ。』これもまた、区別だ。差別と言う人は誰もいないし、みなが納得しているはずである。
『料理など家事は(できるだけ)女性がやる。』これは差別なのだろうか?力仕事は男性がやるならば、女性の方が秀でていることを女性に任せるのはダメなのだろうか?
区別と差別は一緒くたになっていて、都合のいい時に差別だと言われているように思う。

 

平等を叫ぶ人ってたくさんいるけど、みんな一方向にしか思えない。一方的に誰かが平等という名のメリットを求めているばかりで、たとえ少しでも自分が不利になるような部分での平等を認めようとはしない。平等って一種の弱者の特権でしかないよなあと。

今、障害を持った人とか、ハンディを負っている人は何らかの保障によって支えられている。これが、AIが全知全能のレベルになったとして、遺伝子から『この子は優秀でない、稼ぎもきっと少ない。』と分かった時、経済的な援助の対象になるのだろうか。ハンディがあるのはまぎれもない事実ではないか。それが、目に見える分かりやすい障害であるかの方が大事なのか?どうなのだろうか?
『障害を抱えている人は社会的に不利だから援助しよう』が成り立つなら、『この人は遺伝子レベルで経済力が劣っており不利だから援助しよう』は成り立つのだろうか。努力の域を超えたハンディを背負っているという意味では全く同等なのではないだろうか。

 

『世の中お金じゃない』とか言うくせに、今世の中で発せられる平等のほとんどは経済的なものを指している。 めちゃくちゃイケメンで、でも仕事できない男が生活保護をもらって女性と遊んでいたとしてそれは平等なのか?経済的な部分だけ平等にするのはむしろ不平等なのでは?

多分経済的に援助があるのは、仕事に就けなくても死なないためだ。なら、食べ物だけ支給すればいいはず。ただ、人間は『文化的な生活』を保障されているからお金が支給される。文化的な生活はお金で買えるのか?ということは人間の生活の質は使う金額と同等であるのか?


今の世界や日本の制度というのは、平等が何かとかそんな部分ではなくて、『なんかみんな納得できる』ラインにすることを目的として作られている。平等のあるべき姿とか定義とかそんなことは誰も考えていなくて、実態はただの多数決に近いものでしかない。
本当の平等とはおそらくどこにも存在しない。

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