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カラスの頭部と反省の手紙

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神戸市の市立中学校で九日の昼ごろに体育館裏にある木の枝にカラスの頭部が刺さっているのを生徒が見つけ、教諭を通じて兵庫県警須磨警察署に通報がいくという事件があった。

事件のあった中学校は1997年に起きた連続児童殺傷事件にて、殺害された児童(当時11歳)の頭部が置かれていた学校である。

カラスの頭部を切断し、わざわざ見えるように木の枝にさしていたことは、20年前の事件を彷彿とさせるというよりは、何か意図的な匂いを感じ得ない。

神戸の中学校にカラス頭部 97年の事件では児童の遺体

 

2015年に発売された「絶歌」という本。その本には神戸連続児童殺傷事件を引き起こした元少年Aの手記が記されている。

彼の卓越した文章力と、独特の表現力で書かれたこの手記は、事件の冷酷さと合間って読む人を惹きつける魔力がある。

おそらく読者の少なからぬ人がある事実に気づき、戦慄したのではないかと思う。

少年Aは特別クレイジーなサイコパスなどではなく、私たちと同じ、ごく平凡な愛のある家庭に生まれた不器用な少年であったという事実に。

 

少年Aはたまたま、人や猫を殺害するという行為に性的興奮を覚えてしまう性癖を持って生まれてしまった。

しかし、その事以外は、他の人たちとなんら変わらない。むしろ感受性が豊かで、頭も良い子だったのだと彼の綴った文章から伺える。

「一歩生まれ間違えれば、自分が少年Aになっていなかったとは言い切れないのでは」そう思った人も少なくないはず。

1 手紙について

ところで、被害者の父親は、毎年弁護士を経由して少年Aから手紙を受け取っていたが、絶歌の出版と共に、手紙の受け取りを拒否するようになったとのこと。

表現の自由とは次元が違う、被害者の心情を省みないさらなる加害行為だと厳しく糾弾している。

被害者の父「絶歌出版は加害行為」 神戸児童殺傷19年

 

家族が、友人が、加害者として留置所に勾留された時、何度も反省の手紙が届いたという経験がある人はいるかもしれない。

(そもそも知り合いが捕まるといった経験をした人は少ないかもしれないが。)

この反省文は、裁判に当たって弁護士に書くことを指示されるケースも多いという。反省の態度を形に残すために反省文として残す事が、裁判員の心象を左右するのだと。

被害者は正直、どんな形であれ手紙も連絡ももらいたくないだろうに。

少年Aの被害者の父親が手紙を拒否する際に「もう彼とは関わり合いになりたくない」と言ったように、被害者は接触を持ちたくないという想いの方が強いのではないかと思う。

少年Aは反省を表現するために書いていたのだろうか?

おそらく違うだろう。

被害者の気持ちがわからないわけでもないのだろう。

きっと、読んでもらえることも、許される事も今後ないとわかっていても、手紙を書き続けざるを得なかったのではないか。

自分の犯してしまった罪を抱え続けるために。

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